太極拳は高齢者にも効果的な運動

はじめに

太極拳は、高齢者が公園でゆっくりと、体操としてやっている、というパブリックイメージが強いのではないかと思います。名前に「拳」とついている時点で、れっきとした武術なのですが、健康面を押し出しすぎた結果、健康体操というイメージが、世の中に浸透してしまったのだと思います。とはいえ、実際に太極拳は、その練習の特性から、高齢者が、生涯スポーツとして取り組むのに、最適な要素を兼ね備えています。

高齢者の太極拳

肉体的効果

ゆっくりとした動作

高齢者や運動不足な方にとって、激しい運動はリスクが多く、健康のために運動を始めたのに、逆に身体を痛めてしまうなどといったことが起こりがちです。モチベーションが高いうちに、はりきるのはよいのですが、自身の肉体の限界を把握できないまま、勢いで突っ走るのは、身体に不要な負荷をかけてしまうことがあり、おすすめしません。

太極拳は、套路(とうろ)という、武術の型の連続動作が主な練習方法となっており、その套路はゆっくりと行う(慢練)のが一般的です。ですので、息切れするようなことはないですし、無理な動作も、正しくやれば、ないです。武術的な練習では、速く行う場合もあります(快練)。

中腰姿勢

太極拳は、膝を緩め、腰を落として練習します。套路や推手(すいしゅ)の最中に、膝を伸ばして突っ立つような姿勢をとることはありません。したがって、下半身にはそれなりに負荷がかかる運動となっています。太極拳には、上虚下実(じょうきょかじつ)という言葉があり、上半身は力を抜き気味にして、下半身主体で動作を導くのが基本です。ただし、下半身も力んで頑張るというわけではありません。基本は全身を放鬆(ふぁんそん)して動きます。放鬆についてはこちらで説明しています。

現代人は、座り仕事や移動も車を使うなどで、昔の人と比べて、下半身を使わない生活を送っており、足腰は弱まっています。

また、老化は足から始まると言われており、以下のような特徴があります。

  • 20歳を過ぎると筋肉量は減少し始め、60歳には25歳時の約60%まで落ちると言われている。
  • 下肢の筋肉、特に大腿四頭筋の衰えが最も早い。
  • 骨や筋肉は40代に入った頃から衰え始め、50歳を過ぎると衰えるスピードが上がる。

また、要支援、要介護認定された方の、進行度の特性として、「立ち上がり」や「歩行」などの、下肢機能の低下に始まるとされています。それだけ、下肢機能は、生活を送るうえで重要な役割を果たしていると言えます。

精神的効果

太極拳の練功(れんこう)の一つに、站樁(たんとう)というものがあります。所定の姿勢で、自分の身体の状態を観察し、できるたけ、部分的な筋力に頼らず、骨格構造と腱や筋肉の張力をバランよく使って、立つという練功です。これは、立禅(りつぜん)とも呼ばれ、立って行う禅と言われております。

また、先述した、型の連続である套路は、動いて行う禅、動禅(どうぜん)と呼ばれたりもします。

自分の状態を感じ、望ましい形を想像し、そのとおりに身体を操作する。この三つが合わさった状態を内三合(ないさんごう)といい、太極拳では重視されております。

禅といえば、座禅が一般的ですが、個人的には、雑念に惑わされやすく、瞑想としては難しく感じます。立禅や動禅は、自分の身体、姿勢などに意識を向け続けることから、雑念が生じる余地は、座禅よりは少なく、自分に集中し、外界の情報に左右されないようにする練功は、そのまま禅的効果になっていて、精神的なストレスの緩和につながります。

少なくとも、練習している間は、日常の悩みや不安から解放されていることでしょう。

さらには、太極拳を習慣づけることにより、ストレス耐性の向上が見込まれます。

認知的効果

太極拳の認知機能に与える効果としては、次のようなものがあります。

  • 注意力や集中力の向上
  • 記憶力の向上
  • 空間認知能力の向上
  • 脳の活性化

注意力や集中力の向上

太極拳では、身体の各部位の動きや、重心の移動に注意して練習するため、集中力や注意力が鍛えられます。

記憶力の向上

太極拳の套路は非常に長く、弊会で教えている太極拳では、99もの動作で構成されています。同じ動作が繰り返し現れたりもしますが、覚えきるのはなかなかに大変です。套路は99個のうち、3つの段階に分けて、練習していきます。第1段は14個の動作で構成されているので、少しづつ覚えていけるように、なっています。

動作を覚えていくことにより、記憶力の衰えを緩和できます。また、動作を覚え、その通りに動くということは、筋力のみならず、全身の神経回路にもよい影響を与えます。

空間認知能力の向上

太極拳の二人一組で行う対人練習として、推手(すいしゅ)というものがあります。こちらは、技の単式練習になっていて、攻撃側と防御側が交互に入れ替わり、対人状態で、太極拳が要求する身体の使い方を学びます。

推手では、相手と自分の手や身体の位置関係を、把握することが要求されます。これにより、三次元空間の認知力を鍛えることができます。

脳の活性化

太極拳では、左右の手で、別々の動作を行うことが多々あります。前述した推手においても、左右で違う動作を行ったり、同じ動作なのに、周期をずらしたりといったことを行います。このことは、脳の活性化につながります。ただし、短期間にやりすぎると、頭痛を起こしたりしますので、注意が必要です。

日常生活への影響

太極拳を練習し続けると、前述した能力の向上が見込めます。これにより、日常生活においても、よい影響を与えます。

転倒防止

バランス感覚や下肢運動器の機能向上に伴い、転倒防止に繋がります。また、太極拳の歩法を学ぶことで、より、安全な歩行ができるようになります。海外の研究においても、高齢者やパーキンソン病患者のバランス(平衡感覚)改善や転倒防止に有益な可能性が示唆されています。こちらの記事では、オックスフォード大学が行った、太極拳が高齢者の転倒予防に効果的であるという研究を紹介しています。

認知症予防

2023年に、軽度認知障害のある地域在住高齢者318例を対象とした研究で、太極拳も評価の対象として取り上げられました。太極拳に認知的に要求の高い活動を組み合わせ、参加者が動きながら考え、聞き、話すことを求めたところ、認知機能(作業記憶(ワーキングメモリ)、実行機能、注意力、言語、視空間能力、検討式)の改善につながったとの報告があります。

身体の効率的な使い方

日常生活で、重たいものを持ったりするときなどに、太極拳の身体の使い方や力の出し方をすることで、関節などへの負荷が軽減され、腰痛や膝の痛みなどを誘発しにくくなります。

また、下肢の筋肉量の増加や、身体の緊張がほぐれることによって、血液の循環が改善され、免疫力の向上が見込まれます。

注意点

太極拳に限らず、どんな運動でも言えることですが、間違った動作を行えば、健康に良いどころか、身体を壊す原因になってしまいます。太極拳は膝を曲げ、体重を片足に載せる動作が多く、体重を載せている側の脚の膝の角度によっては、膝関節を痛めることになってしまいます。

また、腰を反った状態で動くと、腰痛の原因になりますし、下手をすると腰椎を痛めかねません。弊会では、指導時には、膝と腰については特に注意深く観察し、指導を心がけております。

それと、すでに不調を感じていて、自覚症状がある場合は、病院で医師に診断してもらってください。代替医療としても効果的な太極拳ではありますが、予防と改善にはつながっても、治療できるわけではないことは注意が必要です。

結論

高齢者に効果的な運動として、太極拳を紹介してきました。太極拳には、無理なく健康を維持するための知恵が、ふんだんに含まれており、高齢者はもちろんのこと、老若男女問わずに効果的な運動です。

今後は、医療負担などがますます増大していく社会になると予想されています。病気や怪我をしてから治すではなく、できるだけ病気や怪我をしない予防医療が、重要視されていくのではないでしょうか。QOL(クオリティ・オブ・ライフ)を高めるためにも、健康維持はとても重要です。健康寿命を延ばすためにも、太極拳はオススメです。

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