東洋学術出版社から刊行されている、漢方や鍼灸などの中医学に関する総合誌「中医臨床」の最新号に、太極拳と鍼灸治療を併用し奏功した症例が記事として掲載されました。天津鍼法会の先生方が、鍼灸症例として投稿なさっています。
西洋医学と中医学の見解の違い
西洋医学において、太極拳は以下に示す面について良好な効果があるという研究が多数存在します。
- 運動器系
- 循環器系
- 消化器系
- 精神面
また、英国スポーツ医学雑誌において、将来的には一種の処方薬として使用される可能性があるとまで述べられているようです。
『英国スポーツ医学雑誌(British Journal of Sports Medicine)』に掲載された回顧研究によると,「太極拳はがん,変形性関節症,心不全,慢性閉塞性肺疾患といった4つの慢性疾患に対して穏やかな治療効果をもたらし,将来的には一種の”処方薬”として使用される可能性がある」と述べられており、今後の臨床応用が期待されている。
本文より抜粋

しかしながら記事内では、西洋医学的な効果を確認した、太極拳に関する研究は多数存在するとしつつも、それだけでは太極拳の効果の本質を捉えきれないため、『中医学の原理を理解し、中医弁証と連動させてその効果を最大限に引き出すための処方が重要である』と、述べられています。
一方で、中医学的な効果では、氣血(※雑誌本文では「気」と書かれていますが、本稿ではあえて旧字の氣を用います)の生化、流れの調整、人体における陰陽のバランスを整えることを目的とし、次のように記載されています。
- 調和氣血
- 平衡陰陽
- 疎通経絡
- 調整臓腑
西洋医学的な効果分析では、細分化した部分に対する効果が主な観点となっていますが、中医学では、氣血の不足を補う、流れの阻害を防ぐ、人体における陰陽のバランスを整えるという、複合的な観点が特徴的です。
これらは,太極拳が人間の多様な生理的状態を複合的に調整し,全体のバランスを取ることを示しており,それこそが中医学や道家,老荘思想における健康の哲学の革新である。
本文より抜粋
こちらの記事でも書かせていただきましたが、国際99太極拳文化論壇・交流会 での関雪川老師による武當丹道功講習でも、氣血の流れを停滞させないことが大事であると説かれていました。実際に講習を受けたあと、唾液腺の詰まりによる粘液嚢胞がすぐに治ってしまい、効果を実感しております。
中医学的効果の考察
調和氣血
氣血の流れというのは、中医学でよく使われる概念です。「氣」は目に見えない生命活動を推進するエネルギーで、「血」は血液を指し、体を滋養する役割を担います。
記事内では、緩慢な動作によって毛細血管が拡張され、全身の血流が改善されると記載されていますが、緩慢だから血管が拡張されるというよりは、筋肉を締める動作をしない運動だから、血管を収縮させないといったほうが個人的にはしっくりきます。こちらの記事にありますが、太極拳では全身を放鬆(ファンソン)状態にして動き続けることを良しとします。筋肉に張りをもたせ締めないので、毛細血管を縮めることがなく、血流を阻害しないようになるのです。
平衡陰陽
誌内では、人体における陰陽(上下左右、内外など)のバランスを整えるとしています。陰陽のバランスが崩れることが、体調に悪影響を与えるというのが中医学の考え方です。
中国思想では、太極は万物の根源であり、ここから陰陽の二元が生ずるとするとされています。

太極は陰陽を生み出す源であり、陰陽は互いに依存し、影響し合いながら、バランスを保ち変化し続けます。「太極」拳も陰陽のバランスが保たれた状態で動作を行うのが理想です。太極拳の動作は時々刻々と変化するなかで、常に陰陽のバランスが保つように行います。動作の陰陽バランスを保とうとする習慣が、体内の陰陽バランスにも影響し、体調にも良い影響を与えるのかもしれません。
疎通経絡
経絡(けいらく)とは、東洋医学において、気血(エネルギーや血液)が流れるとされる通路のことを指します。経絡の通りが悪くなると、氣血の流れが阻害され、体内の循環が滞り体調不良を引き起こします。
太極拳の要訣に『用意不要力(よういふようりき)』というものがあります。意を用いて力を用いずという意味で、意識で動作を導き、不要な力を入れないということです。決して力がゼロということではありません。人間、立っているだけで、どこかしらの筋肉は自動的に緊張しています。力が0なのに動きが生じるなんて物理的にありえないですしね。氣功においては、意識で氣の流れをイメージすることが大事で、意識が氣の流れを導くといった考え方があります。太極拳も、意識で動作を導くことで、そこに氣の流れが生じ、経絡の流れを良くするといった考え方があります。
調整臓腑
中医学における五臓の調整とは、内蔵の機能だけでなく、精神や自律神経系も含めた体全体の生理機能や精神状態を調整します。
太極拳は腹圧など、内圧の力を用います。腹圧を高めることで内蔵へのマッサージ効果が生じることで内蔵の活動が活発になる効果があります。また、ゆっくりとした動作で、意識を自分の内側に向け、自分の状態を感じながら動作を行うことが、副交感神経優位の状態を作り出し、自律神経の調整も行います。太極拳は動く禅とも言われております。
個人的にも、太極拳の練習を行うことで、消化器系の状態がよくなることは実感しています。逆にデスクワークを長時間行っていると、消化が悪くなり、腸に悪影響を与えいるように感じます。
正しく健康効果を得るために
太極拳の効果についての、中医学的観点を述べました。しかしながら、正しく効果を得るためには注意が必要です。誌面上にも次のように述べられており、原理原則を守ることが重要なことが見て取れます。
太極拳にはさまざまな流派があるが,太極拳の原理原則に則っていれば,流派に関係なく同様の効果が得られるとされている。しかし,特定の考え方や注意力の質がない,例えば偽気功のような気功・太極拳運動では,正しい方法で行った場合と同様の効果が得られなかったという研究もある。そのため,正しい手順を理解した指導者による適切な指導が不可欠である。
本文より抜粋
記事の臨床例では、小太極という、楊式太極拳五代伝人であり、易簡太極拳の創始者である宋志堅によて編み出された套路を分解した短い動作を処方として使用していました。
套路としては短くても構わないが、太極拳の原理原則を守って練習しないと、効果が得られないようです。あまり長いと、覚えるのも大変ですしね。
まとめ
以上、中医学の雑誌に掲載された、太極拳の臨床応用についての紹介と、太極拳の観点からの考察を行いました。記事内において、『太極拳に対する西洋医学的なエビデンスは、多くの場合、中医学的な効果の結果として現れる定量的に観測可能な一部の事象に過ぎない。』としており、『太極拳の本質とは、心身一如による五臓のバランス調整と生理機能の安定にある』としています。
中医学の考え方は、現代日本ではなかなか馴染みの薄いものであり、非科学的と感じたり、西洋医学的効果のほうがしっくり来る方も多いと思います。中国の文化は、中国武術もそうなのですが、何千年という長い年月に、何十億人という膨大な人口に対して、試行錯誤を繰り返し、こう考えれば概ね当てはまるよねとか、こうすれば、だいたいの人に効果があるよねという、経験論の集合になっていることが多く、現代風に言えば統計的に有意なものが残ってきて現在に至っており、意外と(失礼!)科学的です。
太極拳に関しては、西洋医学側のアプローチによる研究もなされ、効果があると示されており、疑う必要はないと思います。
ただし、現状、体調を崩されている方は、太極拳のみでなんとかしようとするのではなく、しかるべき医療機関にかかり、太極拳は治療効果を高めるために併用するくらいにして、無理なく行ってください。
太極拳が将来、医療行為もしくは医療補助行為として広く認定されることを願います。
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