はじめに
「太極拳って、公園でお年寄りがやっている、ゆっくりした健康の体操でしょ?」こう考える方は多いです。
しかし、テレビなどで時折見かける、ジャンプしたり、高速で剣を振ったりするアクロバティックな「太極拳」があるのをご存知でしょうか?
これらは、実は「太極拳」と「武術太極拳(ぶじゅつたいきょくけん)」という、似て非なる2つのジャンルに分けられます。
あなたが始めようと考えている太極拳、その目的は何ですか?
あなたがもし、「健康維持やリラックスのために太極拳を始めたい」「スポーツとして本格的に競技を目指したい」と考えているなら、この2つの違いを正しく知っておくことが非常に重要です。同じ「太極拳」という名前でも、目指す目的も、動きのスピードも、練習の場所も、全く異なります。
この記事では、健康法としての「太極拳」と、競技スポーツとしての「武術太極拳」の決定的な違いを、歴史や具体的な動きの特徴を交えて徹底的に解説します。
太極拳(伝統太極拳・健康太極拳)とは?
まずは、公園などで見かける、ゆったりとした動きが特徴の「太極拳」について深く見ていきます。

定義と目的:健康維持と護身の「内功」
「太極拳」とは、中国で数百年かけて発展してきた伝統武術の一種です。特に、その目的は激しい筋力トレーニングではなく、心身の健康維持と護身術にあります。
伝統太極拳の真髄は、ゆっくりとした動きを通じて、自身の身体のバランスを感じ取り、望ましい姿勢や動作を取るための「内功(ないこう)」や「勁(けい)」と呼ばれる全身が協調した力を養うことにあります。
主な目的: 健康維持、病気の予防、ストレス解消、護身術。
歴史的背景:太極拳の五大流派
太極拳は、特定の家系や地域で独自の技術として伝えられてきました。その源流は古く、主に以下の「伝統五大流派」が知られています。
陳式(ちんしき):最も古いとされる流派で、ゆっくりとした動きの中に「纏絲勁(てんしけい)」と呼ばれる螺旋状の動きや、スピードの緩急、発勁(力を爆発させる動き)を特徴とする。
楊式(ようしき):世界中に最も広く普及している流派で、ゆったりと大きく、優雅な動きが特徴。
呉式(ごしき)、武式(ぶしき)、孫式(そんしき):これらは楊式からの派生で、それぞれに独自の技術と特徴を持ちます。
『増訂 中国武術史大観』から引用 太極拳主要系統図
私たちが「太極拳」と聞いてイメージするゆったりとした動きは、これら伝統流派(特に楊式)の型(套路:とうろ)や、そこから派生した健康法としての太極拳がもとになっています。
健康法として一般に普及している「簡化24式太極拳」は、五大流派のうちの楊式太極拳をベースに、1956年に中国で制定された、伝統的な太極拳を24の型にまとめて、動作を簡略化したものです。伝統的に受け継がれた太極拳を「伝統拳」、簡化24式太極拳以降、競技用に作られたものを「制定拳」と呼称することもあります。これらの制定拳は、伝統流派の深い内功の習得よりも、誰でも学べる統一された運動としての太極拳を確立することを重視しています。
武術太極拳(競技太極拳)とは?
「武術太極拳」は、前述した伝統的な太極拳とは異なり、スポーツ競技として発展・体系化されたものです。武術「太極拳」となっていますが、正確には、長拳、南拳、太極拳に分けられ、それぞれの徒手と器械(武器)を用いた様々な套路を表演する競技となっています。現在は、国際競技にもなっている、「動作の質(A得点)」、「演技レベル(B得点)」、「難度動作の成否(C得点)」を評価する「自選難度競技」が主流です。その他にも、ジュニア向けやシニア向けに、制定拳などの決められた套路(型)を演武し、減点対象となるミス(動作忘れ、バランスを崩す、規定外の動作など)がないかを確認する規定競技部門として、長拳規定套路、南拳規定套路、簡化24式太極拳や総合太極拳などもあります。採点は、10点満点を基本として、審判が減点部分を評価し、最終的な点数を算出します。また制定拳以外にも、伝統拳の套路を採点して競う種目もあります。

上述したように、武術「太極拳」といいつつも、太極拳だけではなく長拳(査拳、華拳、少林拳などの総称で、大きく伸びやかな動き、跳躍、旋転、駆けまわる動作が特徴的な中国武術)や南拳(中国の長江以南で行われる武術の総称で、両脚をしっかりと踏み込み、力強い動きで技を繰り出す特徴がある)も競技に含まれています。
では、なぜ「太極拳」と呼称されているのでしょうか。
「武術太極拳」という名前の由来
「武術」太極拳と名前がついていても、実際には格闘・武術のための技術などを磨いて競う競技ではないのですが、こうした名称になったのには理由があります。中国では、中国武術を「武術(ウーシュウ)」と総称します。武術という言葉は日本にもあるため、日本で普及させる際に、日本武術と区別するために、当時最も有名だった「太極拳」を後ろにくっつけて「武術太極拳」という名称にしたという説が有力です。
動きの特徴:緩急自在な「動」の要素
武術太極拳の動きは、太極拳種目においても、伝統太極拳の「ゆったり、均一」な動作とは大きく異なります(簡化24式太極拳などの制定拳の競技は除く)。
緩急と強弱の強調
動作の中にスピードの「緩(ゆるやか)」と「急(すばやい)」のコントラストが明確に組み込まれています。急な動作では力強い「発勁」を表現し、演武全体に躍動感を与えます。
難度動作の導入
難度競技という種目では、競技としての評価を高めるため、アクロバティックな要素が多く取り入れられています。
- 高難度のバランス: 片足立ちや、姿勢を低く保つ動作。
- ジャンプと着地: 跳び蹴りや、飛び上がって回転する動作。
- 開脚や柔軟性: 広いスタンスでの低い姿勢(仆歩:ぼくほ)や、高い蹴り上げ。
これらの要素は、アスリートとしての高い身体能力と柔軟性を要求します。演技の正確性、難度の達成度、そして表現の芸術性が、競技会での採点基準となります。
太極拳と武術太極拳の決定的な違い(比較表で整理)
ここまで「太極拳」と「武術太極拳」それぞれの特徴を見てきました。この2つは「太極拳」という共通のルーツを持ちながらも、現代においては「目的」と「動きの質」が大きく異なります。
最後に、その決定的な違いを以下の比較表で整理します。
| 比較項目 | 太極拳(伝統・健康) | 武術太極拳(競技) |
|---|---|---|
| 主な目的 | 健康維持、養生、心身鍛錬、護身術 | 競技、演武の美しさ、技の難度、スポーツとしての成績 |
| 歴史的ルーツ | 中国の伝統武術(陳派、楊 派家など) | 現代中国によって競技化・標準化された制定拳・難度競技 |
| 動作の難易度 | 基礎体力と武術的要素が必要だが、アクロバティックな要素は少ない | 高い柔軟性、バランス、跳躍力などの難度動作が必須 |
| 評価される点 | 継続による健康効果、「氣血」の循環向上や「勁」の運用 | 動作の正確性、表現力、芸術性、力強さ |
| 代表的な種類 | 陳式、楊式、呉式、武式、孫式などの伝統武術 | 24式太極拳、総合太極拳など制定拳や規定・自薦難度套路 |
この比較表からわかるように、もしあなたが「健康づくり」や「心の落ち着き」を求めているのに、柔軟性やスピードなどの身体能力を重視する武術太極拳の教室を選んでしまうと、「思っていたのと違う…」と感じてしまうかもしれません。逆もまた然りです。同じ太極拳という名がついていても「使っている身体の質」 が全く違うと理解した方が早いです。
特に競技としての武術太極拳は、高い身体能力と激しいトレーニングを必要とし、一般的な健康太極拳とは必要な体力や練習内容が大きく異なることを理解しておきましょう。
まとめ:自分に合った太極拳を選ぶためのアドバイス
「太極拳」と「武術太極拳」の違いが明確になったところで、いよいよあなたがどの太極拳を選ぶべきか、具体的なステップを考えてみましょう。
目的別太極拳の選び方を表にまとめたものです。
| あなたの目的 | おすすめの太極拳 | 選び方のポイント |
|---|---|---|
| 健康・リラックス | 太極拳(健康・伝統) | 公民館、カルチャースクール、伝統的な流派の教室を選ぶ。「楊式」や「簡化24式」が導入として人気です。 |
| スポーツ・競技 | 武術太極拳(競技) | 大人の場合は日本武術太極拳連盟所属講師の教室、子供はカンフー教室など、競技会への参加を目指している団体を選びましょう。 |
| 護身術・内功の習得 | 伝統太極拳 | 伝統流派の師範に学び、武術としての深い理論や技術を学ぶ必要があります。特に護身を考えた場合は、選択に注意が必要です。 |
多くの人は簡化24式太極拳から始めている
太極拳の経験が全くない方は、競技と健康の両方にまたがる「簡化24式太極拳」から始めるのが一般的です。カルチャースクールや公民館などで教えている太極拳の多くは、簡化24式太極拳を教えています。
慣れてきたら、自分がより重視したい方向(競技志向か、健康志向か)に合わせて、専門の教室や流派にステップアップしていくと良いでしょう。
私自身も、最初はカルチャースクールで簡化24式太極拳から学び始め、5年ほどで伝統太極拳に変更しています。個人的な感想ですが、24式は、伝統的な要素はあまり含まれていませんし、カルチャーの教室も、健康なのか競技なのかが曖昧なところが多い印象です。より健康目的や武術としての太極拳に興味がある方は、最初から、制定拳よりも伝統太極拳を教わったほうが近道かもしれません。
競技志向の方は、日本武術太極拳連盟の指導員が行っている教室を選びましょう。同じ簡化24式太極拳などを教えていても、連盟以外は表演競技を行っていません。
最も大切なのは「体験と継続」
太極拳は、頭で理解することも大事ですが、実際に体を動かすことが大切です。
- 気になる教室や道場があれば、まずは見学や体験レッスンに参加してみましょう。
- 指導者の教え方や、教室の雰囲気が自分に合っているか確認してください。
あなたにとって最適な太極拳を選ぶことが、長く楽しく継続できるための何よりの秘訣です。
雙鯉會で教える太極拳
弊会では、雙邊太極拳( 双辺太極拳・そうへんたいきょくけん)または九十九式太極拳という伝統太極拳を教えています。南京国術館副館長だったことで知られる陳泮嶺が創始者で、陳派、楊派に学んだ陳泮嶺が、太極拳と同じ内功武術である形意拳、八卦掌を融合して編纂した太極拳です。
武術要素もしっかりと含んでおりますが、まずは健身目的として「身体を壊さない動作」を身につける“健康太極拳”から丁寧に始めます。そのうえで、武術的な重心移動や身体の使い方の理解も、教授内容に少しずつ加えていきます。
- 股関節、膝関節の「傷めない」動かし方
- 望ましい姿勢の作り方
- 必要な筋肉・バランス感覚の向上
- 足裏から指先まで繋がる“力線”(勁道)を体感
こうした、武術の「質の根っこ」を、安全に少しずつ練習していきます。
このように、段階的な進め方を行うことで、60代以降の方でも「武術の理合」をちゃんと理解できます。武術として正しい動作(技が成立する動作)が、合理的で、健康面にも良い影響があるのです。
当会の太極拳に興味のある方は、是非お問い合わせください。石川県金沢市、富山県高岡市で教室を開催しております。




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